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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1591号 判決

原告 野州工業株式会社

右代表者代表取締役 大島利男

右訴訟代理人弁護士 岡田正美

被告 甲野太郎

主文

一  被告は原告に対し、金四九二万四五四四円とこれに対する昭和五一年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三四年六月一三日当時訴外坂根建興株式会社(以下「坂根建興」という。)に対し、五七一万〇八九〇円の木材売掛代金債権を有していたが、同月一六日右債権を目的として準消費貸借契約を締結し(以下右準消費貸借契約に基づく債権を「本件債権」という。)、かつ、同日右債権の担保として、訴外坂根吉人と同訴外人所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件(一)の土地」という。)につき、訴外坂根タイと同訴外人所有の同目録(二)記載の土地(以下「本件(二)の土地」という。)につき、訴外坂根陸弘と同訴外人所有の同目録(三)記載の土地(以下「本件(三)の土地」という。)及び同目録(四)記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、それぞれ抵当権設定契約を締結した(以下右抵当権設定契約をまとめて「本件抵当権設定契約」といい、右契約に基づく抵当権をまとめて「本件抵当権」という。)。

2  原被告間の委任契約

(一) 原告は、昭和三六年七月ころ、訴外弁護士神吉梅松(以下「神吉弁護士」という。)に対し、坂根建興を被告として、右当時において弁済を受けていなかった本件債権残額四九二万四五四四円(以下「本件債権残額」という。)の返還請求訴訟の提起・追行を委任し、神吉弁護士は、同年一〇月横浜地方裁判所川崎支部に右貸金返還請求訴訟を提起した(同庁昭和三六年(ワ)第二〇〇号貸金請求事件、以下この訴訟を「本件前訴」という。)。

(二) ところが、本件前訴の係属中である昭和三九年神吉弁護士が死亡したため、原告は、同年二月弁護士である被告に対し、本件前訴の追行並びに本件抵当権を保全するため本件(一)ないし(三)の土地及び本件建物につき保全処分を申請し、かつ、その本案訴訟として訴外坂根吉人、同坂根タイ及び同坂根陸弘に対し本件各抵当権の設定登記手続を求める訴訟の提起を委任し、被告はこれを受任した(以下「本件委任契約」という。)。

3  被告の債務不履行

しかるに被告は、右保全処分及び本案訴訟を提起せず、また、坂根建興に対する本件前訴の昭和四七年一〇月二三日の第六二回口頭弁論期日に出頭せず、坂根建興の訴訟代理人も弁論をなさずして退廷したので、本件前訴の訴訟手続は休止となり、その後三月内に被告が期日指定の申立をしなかったため、本件前訴は昭和四八年一月二三日の経過をもって取下げたものとみなされるに至った。

4  損害の発生

(一) 原告が、坂根建興に対して有していた本件債権残額(四九二万四五四四円)は、本件前訴が取下げたものとみなされるに至った結果、昭和四四年六月一六日の経過とともに時効により消滅し、原告の本件抵当権も付従性により消滅した。

(二) 訴外坂根吉人所有の本件(一)の土地及び訴外坂根陸弘所有の本件建物は他に売却されたが、本件(二)の土地は、訴外坂根タイが昭和四五年八月二日死亡したため、分筆のうえ別紙物件目録(二)(1)記載の土地(以下、「本件(二)(1)の土地」という。)を訴外坂根淳孔が、同目録(二)(2)記載の土地(以下、「本件(二)(2)の土地」という。)を訴外坂根吉春が、同目録(二)(3)記載の土地(以下「本件(二)(3)の土地」という。)を訴外吉田百合子が、同目録(二)(4)記載の土地(以下「本件(二)(4)の土地」という。)を訴外坂根陸弘がそれぞれ相続により取得し、本件(三)の土地は坂根陸弘が所有しているところ、原告は、昭和五〇年に坂根建興に対して本件債権の支払いを、訴外坂根陸弘、同坂根淳孔、同坂根吉春及び同吉田百合子に対して抵当権設定登記手続を求めて横浜地方裁判所川崎支部に訴を提起したが、本件債権の時効の抗弁が認められて原告の右請求は棄却され、この判決は確定した。

(三) 本件(二)(1)ないし(4)の各土地及び本件(三)の土地は、昭和五一年当時における時価が合計約六六二五万円であり、右各土地に設定されている先順位の抵当権が担保すべき被担保債権全額を控除しても約五二七五万円を下らない残存価格であり、しかも、原告が昭和三九年に被告と本件委任契約を締結した当時においては、右先順位の抵当権は存在していなかったのであるから、被告が右委任契約後直ちに本件抵当権保全のため右各地に対し保全処分の申請をし、これを得ていれば、坂根建興に対する本件債権の満足を得ることは十分可能であった。

(四) 従って原告は被告の前記債務不履行により坂根建興に対する本件債権残額相当の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、本件委任契約上の義務不履行に基づく損害賠償として、四九二万四五四四円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五一年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が昭和三四年六月一三日当時坂根建興に対し五七一万〇八九〇円の木材売掛代金債権を有していたこと、原告が、坂根建興と同月一六日右債権を目的として準消費貸借契約を締結し、これに基づく本件債権を有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、昭和三九年神吉弁護士が死亡したこと、同年二月弁護士である被告が原告から本件前訴の追行の委任を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)の事実のうち、本件前訴が休止満了により取下げたものとみなされるに至った事実は認めるが、その余の事実は不知。

(二) 同4(二)及び(三)の事実は不知。

(三) 同(四)は争う。

三  抗弁(帰責事由の不存在)

1  被告が本件前訴の追行を受任した当時、その訴訟手続は遅々として進行しておらず、しかも原告の主張事実は具体性を欠いたうえ証拠も全く存しなかったので、原告の請求は棄却されるほかはない状況にあったため、被告は、訴訟手続を休止したうえで坂根建興と訴訟外で和解する方法をとらざるを得なかった。そして被告は、坂根建興の訴訟代理人松本喜一郎弁護士と長期間にわたり和解交渉を続け、昭和四五年五月初めころ、坂根建興が原告に一〇〇万円支払うことで和解することになり、その支払に充てるために訴外坂根吉人の縁故者の一人から松本弁護士が預かっていた重要美術品の掛軸を売却することになったが、被告の尽力にもかかわらず右掛軸の売却先は見つからなかった。以上の和解交渉及び本件前訴の訴訟手続が休止となった経緯は原告もよく知っており、被告は原告の同意を得たうえで行なっていたものである。

以上によれば、被告が本件前訴の訴訟手続を休止したことは、被告の責に帰すべき事由に基づくものではないというべきである。

2  原告は、(一)坂根建興から、昭和三四年一二月及び昭和三五年六月の二回にわたり合計五七万三〇三九円の弁済を受け、(二)同月坂根建興と、原告が同社から預かっていた木材代金の前受金四七万七八〇〇円を本件債権から差引く旨合意し、また、(三)坂根建興と同社が当時請負っていた(1)日本鋼管第五コークス炉新設工事、(2)川崎市立橘高校増築工事及び(3)日本鋼管水江検査課事務所新築工事の三工事を原告が肩替りをして施行し、この工事から取得しうる利益合計四〇一万一九七七円のうち二〇〇万円と坂根建興が右工事のために設けた仮設設備費一〇〇万との合計三〇〇万円を原告が坂根建興に返還することとし、この返還債務と本件債権とを対当額において相殺する旨の合意をした。さらに、(四)坂根建興は、原告に対し、川崎建設会館株式会社の株式の譲渡代金七万七〇〇〇円及び自動車等の譲渡代金六二万五〇〇〇円の債権を有し、本件前訴において反訴を提起して右債権の支払いを求めていた。

右(一)ないし(四)の合計四七五万二八三九円を本件債権額から控除した残額九五万八〇五一円が、原告が坂根建興に対して請求しうべき本件債権の残額であり、本件前訴の請求金額は右金額まで減縮すべきものであった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2の事実はいずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

一1  原告が昭和三四年六月一三日当時坂根建興に対し五七一万〇八九〇円の木材売掛代金債権を有していたこと、原告が、同月一六日、坂根建興と右債権を目的として準消費貸借契約を締結し、本件債権を有するに至ったことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によると、原告が、昭和三四年六月一六日本件債権の担保として、本件抵当権、すなわち訴外坂根吉人からその所有の本件(一)の土地に対し、同坂根タイからその所有の本件(二)の土地に対し、同坂根陸弘からその所有の本件(三)の土地及び本件建物に対しそれぞれ抵当権の設定を受けたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二1  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、また、同(二)の事実のうち、昭和三九年神吉弁護士が死亡したこと、同年二月弁護士である被告が原告から本件前訴の追行の委任を受けたことも当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、原告は、被告に対し本件前訴の追行を委任した際、本件抵当権を保全するため本件(一)ないし(三)の土地及び本件建物につき保全処分の措置をとり、その本案訴訟として訴外坂根吉人、同坂根タイ及び同坂根陸弘に対し、本件各抵当権の設定登記手続を求める訴を提起するよう委任し、被告がこれを受任することを約したことが認められる。《証拠判断省略》

三  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四1  そこで被告の帰責事由の不存在の抗弁について判断する。

被告は本人尋問において抗弁1の事実に沿う供述をしているが、右被告本人尋問の結果は、《証拠省略》に照らしてたやすく信用することができず、他に右抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はない。

五  次に被告の右債務不履行による損害について判断する。

1  本件前訴が昭和四八年一月二三日の経過をもって休止満了により取下げたものとみなされたこと、本件抵当権設定後、訴外坂根吉人が本件(一)の土地を、同坂根陸弘が本件建物を他へ売却したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件前訴が取下げたものとみなされ、前訴の提起が時効中断の効力を有しないこととなった結果、原告の坂根建興に対する本件債権は、弁済期の定めのないものであったためその成立した日から一〇年を経過した昭和四四年六月一六日の経過とともに消滅時効期間が満了するに至った。

(二)  本件(二)の土地は、訴外坂根タイが昭和四五年八月二日死亡したため、本件(二)(1)ないし(4)の各土地に分筆されたうえ、本件(二)(1)の土地を訴外坂根淳孔が、(二)(2)の土地を同坂根吉春が、(二)(3)の土地を同吉田百合子が、(二)(4)の土地を同坂根陸弘がそれぞれ相続により所有権を取得し、また、本件(三)の土地は同訴外人が所有していたので、原告は、昭和五〇年坂根建興に対し本件債権残額の支払いを、訴外坂根陸弘、同坂根淳孔、同坂根吉春及び同吉田百合子に対して本件抵当権設定登記手続を求める訴を横浜地方裁判所川崎支部に提起したが(同庁昭和五〇年(ワ)第三〇八号貸金請求事件)、右被告らが本件債権の消滅時効を援用し、これが容れられたため、昭和五一年二月二四日原告は敗訴判決を受け、これに対し控訴したが、控訴が棄却され、右敗訴判決が確定するに至り、その結果原告の本件債権は確定的に消減し、本件抵当権も付従性の理により消滅するに至った。

(三)  本件(二)(1)ないし(4)の土地及び(三)の土地の昭和五一年の時価合計額は、既にこれらに対し設定された登記が経由されている抵当権の担保すべき被担保債権の全額を控除しても四九二万四五四四円を大きく超えるものであること、従って本件債権が時効により消滅することなく、かつ、被告が本件委任契約に従い本件抵当権を保全する措置をとっていれば、原告が右抵当権の実行により本件債権残額を十分回収することができたものであり、また、本件抵当権を保全する処分を得られる可能は十分あった。

3  次に被告の抗弁2について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和三四年六月一六日準消費貸借契約を締結し坂根建興に対し本件債権を有していたが(この点は当事者間に争いがない。)、当時坂根建興の業績が悪化したため、同月末には同社の債権者が集まり債権者委員会を結成し、同社の私的整理が開始されたこと、右債権者は、第一回目に各自の債権額の一割、第二回目に一分の支払を受け、原告も前記債権額に応じた支払を受けたこと、その際原告を除いた他の債権者は、債権者委員会の作成した残額債権を放棄する旨の記載のある承諾書の添付された領収書を提出して残額債権を放棄したが、原告は右一部弁済の受領にあたり右の領収書を用いず残額債権放棄の意思表示をしなかったこと、また、坂根建興の整理が開始された当時、同社が既に受注していた工事が数件あったが、同社が工事を完成させることが困難であったため原告が右工事の注文主と別途に契約し、工事を完成させたことがあったが、坂根建興と原告との間で、右工事による得べかりし利益及び右工事のため坂根建興が設置した施設費用を本件債権から控除する旨の約定はなされなかったこと、以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

(二)  抗弁2の(二)及び(四)の事実は、本件全証拠をもってしてもこれを認めるに足りない。

(三)  弁論の全趣旨によると、原告が本件債権につき一部弁済を受けたとする金額の中には、前認定の債権額に対する合計一割二分の弁済が含まれているものと認められる。

(四)  以上認定したところによれば、被告が本件委任契約上の債務を履行していれば、原告の被告に対する本件債権残額四九二万四五四四円は十分回収可能であったものであるから、原告は被告の右債務不履行により右債権残額相当の損害を被ったものと認められる。

六  本件訴状が被告に送達された日の翌日が昭和五一年三月一〇日であることは記録により明らかである。

七  以上によると原告の本訴請求はすべて理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 裁判長裁判官柏原允は転官のため、裁判官齋藤隆は都合により、署名押印することができない。裁判官 柴田保幸)

〈以下省略〉

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